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1.カボチャのロールケーキが食べたい

「なぁーにが収穫祭よ」

かちんっと軽い音を立てて、薄いガラスの窓が閉じられる。
装飾を優先されて作られたらしく、金で縁取られた枠は互いにくっつくことなく外気の侵入を許す。
それでも部屋中に充満した金木犀の匂いは殆どの供給を断たれ、次第にその濃度を低くしていった。
窓の向こうのすずしげな、ややもすると寒々しい空の下、町は週末に差し迫った収穫祭の準備に追われ、平時よりも賑やかであった。
大聖堂前の庭園に設けられた、ステージの上にあるカボチャが今年の祭りのシンボルらしい。
巨大なカボチャは黒や紫で揃えた造花や石、あるいはしなやかに光る布で飾り付けられ、その場の誰よりも美しく佇んでいた。


「浮かれまくって収穫されるバカと調子に乗って収穫するアホが増えるだけじゃない」
「はあ」
「無用な労働はすべきじゃないんだ 全く無意味だわ」
「去年は張り切って警備の仕事やってたじゃないですか アガタさん?」
「前提が違うのよ 誰がこんな事・・・・・・」

先ほどから隠す気すら見せず、つらつらと不満を挙げているのは傭兵のアガタ。
隣でそれを聞くのは、翼を生やした若い兵士のタドリ。
タドリは上司である傭兵の去年までの姿を思い出し、あまりの変わり身を不思議に思った。
去年の今あたり、上司はそれはそれは生き生きとしていたはずなのだが。
タドリは煤けた部屋とふてくされる上司から目を逸らし、窓を越えた先の、楽しげな町を羨ましく眺める。
今年の収穫祭、どんな屋台がでるのだろうか?
カボチャの料理やお菓子はきっと美味しい!かぼちゃは甘くて、高価な甘味料もそれほど要らないだろうから、お財布にもやさしいだろう。それに、この時期の町は明るくて好きだ。
タドリは今年も同僚たちと食べ歩きをすることを思い出し、顔をほころばせた。


教会跡地を中心とした教区では、作物が豊富に実る時期、その実りとそれを支える植物体の働きに感謝を示す祭が行われる。
収穫祭と呼ばれるそれは、その年一番の収穫高を挙げた作物をシンボルと祀り上げ、美味しく楽しく過ごすことを主目的とした、元は大昔の神事らしい。

区民総出でどんちゃん騒ぎを行う事と、残念なことに、ハメを外す者が続出することも恒例となっている。
教会所属の兵士たちは、収穫祭の期間中は休暇を貰える代わり、街で見かけたそういった輩を取り締まることが義務付けられていた。
更に、摘発件数に応じて臨時報酬が出るようになっており、これを目当てに張り切る兵士たちも多い。
アガタは張り切る側で、毎年誰よりも張り切って、高い臨時収入を得ていた。

しかし-かつての目を輝かせ、嬉々として不埒な輩を取り上げていく様と比べ、今椅子に座っているアガタからは、やる気等どこからも感じられない。

「もしかして糖分不足じゃないですか?」
「甘味料なんて高価なものホイホイ買ってられないし、それとこれとは話が別だ」
「うーん?」
「もしかして知らないの?・・・ああ、アンタは警備そっちのけで食べ歩き組だった」
「アガタさんのお仕事とっちゃ悪いと思って!えへへ」
「何とでも言えるわね」
「で、ホントにどうしたんですか?」
「今年から褒賞制度が無くなったの そのくせ取り締まりはしろ、だと」
「タダ働きですか」
「”内申点”でも上がるんじゃない?」

そう笑い捨て、ぽてりと体をつぶしぐう垂れる上司を前に、部下が成せることはあまり多くなく。
タドリが限られた選択肢から選んだのは、好みのお茶を用意することだった。
あわよくばご同伴にあずかろうとしての選択である。

ちなみに、現在まで「あわよくば」が叶えられたことはなく、そのためタドリはいつも勝手に自分の分も用意している。
アガタは12度目の諫めで部下の勝手を諦めた。


「ああ……ごめんなさい、要らないわ この後”回収物”の整理が入ってるから」
「げっ それってもしかして僕も……」
「入れてない 貴方は珍しく整理が嫌いで苦手らしいから」
「アガタさんだって好きじゃないですよね」
「得意ではあるよ」
「割り切れないです!」
「給金に見合った仕事をしなさいよ……」
「そうですね、できれば良識の範囲内で労働に励んでいただきたいものです」

え、とタドリとアガタは第三者の声に振り向く。
両者とも、開けられた扉に寄りかかる影に見覚えはない。

「所属と要件、ノックが無いことに対する謝罪の言葉を」
「まあ、それは上官に向かって投げて良い言葉じゃないですわね」
「傭兵に上も下も無い」
「これだからアナタは……まあいいですわ」
「2行無駄にした 早く用事を済ませなさい」

ふん、と来訪者は忌々しげに吐き捨てる。
それから自身をホーベと名乗り、財務検査院の長であることと、ぶしつけな侵入に対する謝辞を述べた。
タドリはそれを受け、院当、と上ずった声で姿勢を正す。
一方アガタは、椅子から降りることもなくホーベを、それから淹れられた紅茶と空のカップ、最後にしばらくタドリを見やった。
どうせこの部下は気付いていないだろう、と確認して、椅子から降りる。
雑音を立てずカップに紅茶を注ぎ、ホーベへと差し出した。

「お口に合えばよろしいですが」
「まあ、意外に礼儀はなっていますのね」
「部下が使えないもので」
「ご苦労様ですわ」

「・・・・・・それで、何か言いたいことがあったんじゃないの」
「急にふてぶてしくならないでください」
「切り替えの早さは長所ですので」
「はあ…… 特に要件という要件ではないのですが」
「通りがかりに何を?」
「いいえ、そういうわけでも ただ宣告しにきただけです 今年からは荒稼ぎできると思わないでくださいね、と」
「アンタのせいか!」

途端にアガタは語気を強め、ホーベを睨み付ける。
ホーベはそれに驚いた顔をしたが、すぐににやついた笑みを浮かべた。
哀れにもその間に挟まれたタドリは不穏な空気に体を強張らせ、今日の夕飯を予想すべく現実の認識を放棄した。


「毎年毎年、アナタのおかげで資金繰りはぐっちゃぐちゃ、とっつかまえたバカの投獄先も満杯でままならないんです」
「良いことじゃない、アホが一時的にでも減るんだから」
「でーすーかーら!連携上での限度というものを考えていただきたいのです!」
「私は”民衆の安全を守る”ためにニシキ様と契約してるの、それに伴う教会側の諸被害なんて知らないわ」

「……教会所属の者は保護対象ではないと?」
「それでは部下を民衆として扱う?コキ使えなくなるわね」
「やはりアナタは極端すぎます 損なわなくても良い労力を損なうのは時間と費用の無駄です」
「他の兵を護るのに私の労力まで使わなきゃいけないの?契約外ね」
「傭兵は融通が利かないとは聞いていましたが ここまでとは・・・・・・」
「すまないわね」

「はあっ もう! ええ、いいです こちらの決定は変わりませんので」
「それなら契約金額を増やしてほしいわ」
「まあ!ホントに金のナントヤラ、ですのね」

「……いいわよ、亡者でも」

ホーベの発言を聞いた後、アガタはそれ以上会話を続ける気が無くなったようだった。
それではと言ったきり、ホーベを押しのけて保管庫へつながる廊下を目指し、姿を消した。
部屋に残るはホーベとタドリ。
ホーベは横目で見たアガタ顔を思い浮かべる。
まあ不思議な顔をするものです、と渡された紅茶を飲みほし、机に返した。
鮮やかな青いコートを翻し、丁寧に扉を閉める。



それからタドリは部屋に孤独に残され、お昼の鐘だけがタドリを現実へと引き戻してくれた。
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