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2.クリームたっぷりのパンプキンパイも捨てがたい

「ハザメ、泳ぎにくい」
「ごめんねアズマくん、でもここの水流って怖くて……」
「確かに面倒な水流だけど、そうやってしがみつかれると僕まで事故る」
「そうだよね……」
「言動が一致してないじゃないか そんなに強く掴まないでよ」
「やっ やだ」
「ほら、もう着くから」


ざぷん。
視界が反転して、紺色の水面から2つの影が踊り出た。
アズマと呼ばれた方が、大げさで絢爛な帯を棚引かせてすぐそこにある陸を目指し、気の弱そうなハザメが帽子についた大きな尻尾を揺らしてそれに続く。
彼らの下、水の薄層のすぐ下では、大きな白階段が海底へ向けて濃紺のグラデーションを描いている。

大階段、と呼ばれるそれは「神様」が残した“大きなもの“ものの1つであるとされ、海の底の第3区と、第1大陸とを繋ぐ役割を果たしている。
海岸付近は潮の流れが激しく、水の中で生きるものでもあっという間に呑まれてしまう。
しかし大階段上では幾分水流が落ち着いているため、陸と海をつなぐ、唯一の安全な連絡手段であった。
大階段から教区はほど近く、公営鉄道も通されているため、交通の便は非常に良い。



「はあ重かった」
「そ、そんなに……?」
「ハザメ、大階段を降りるのは仕事だ、次からはそう思ってくれ」
「う、うーん」

ハザメは少々困った顔を浮かべ、体についた水滴を振い落す。
アズマも丁寧に帯の水気をきり、身を震わせた。
陸上の気温は海の水温とさほど変わらないが、濡れた体に風があたると、やはり少し肌寒い。

アズマは赤橙のアンプルを取り出し、中身を少し舐める。
体色がやや赤みを帯び、椿の留め具に炎がまとわりつく。
ハザメが拾っておいた枯れ枝に軽く息を吹きかけると、ぱちぱちと音を立てて燃え始めた。
ほど近くに建てられた駅舎の暖炉にそれを投げ込み、勢いを増した炎で暖を取る。

「火だるまぢごくの方がすぐにあったまるんだけどね」
「全力で炎吐くの疲れる そういうならハザメがやればいいのに 僕熱いよ」
「そんなっ アズマ君の前で恥ずかしいよ」
「良く分かんないな」


「ん、丁度良い 鉄道が来たね あれに乗ろう」
「ちゃんと教区行きかな?」
「こないだは第2区行きに乗ったんだっけ」
「アズマくん、そういうところが抜けてるよね」
「最後に着けばいいんだよ」
「私はよくないなぁ」


電車が出発するまで、車内販売されていたダークマターソフトを食べて待とうとハザメが提案し、ファイアをコピーして若干汗ばんでいたアズマが承諾した。
安っぽい合成油脂が舌に残るが、ダークマターの味の濃いエキスがそれを緩和しているように見せてまったくちぐはぐで、いつも通りの味にハザメは苦笑を浮かべる。
アズマがよく飽きないなと眺めていると、ハザメがソフトを差し出した。それを口で受け止め、さっさと飲み込んではみるものの、やはり口に残るクリームに微妙な表情を浮かべた。
ハザメはアズマにこの顔をさせるためにいつもこのソフトを購入している。それを教えたことは無いが、アズマはハザメの考えがすぐに顔に出ることを知っている。

ソフトを載せたコーンを包んでいた紙がほかのゴミと出会う頃、電車は出発の合図を上げて、教区へと走り出した。
今日の目的は収穫祭。提案者はハザメで、アズマがそれを承諾した。







蒸気が勢い良く排出され、目的地への到着を鈴の音と車掌の声が告げた。
駅はすでに大勢の観光客と、それを出迎える地元民で溢れかえっており、アズマは騒々しさに顔をしかめる。
少しでも早く抜け出したいのか、アズマはハザメの手を取り、足早に構外を目指した。
開かれたメインゲートを通り抜けると、金木犀の香りが降りてくる。


メインゲートはそのまま中心街の大通りへとつながっており、すでに道端は様々な露店で埋め尽くされていた。
9割以上を占める食べ物の露店の間に、雑貨類を扱う店が肩身の狭そうな配置をされており、緩衝地帯を形成していた。

今年の主賓はかぼちゃのようだ。
趣向を凝らされた料理やお菓子が、あちらこちらで流しの客を誘っている。
かぼちゃの煮付けが香ばしい匂いを漂わせ、鮮やかな緑の皮に焼きこまれたグラタンは顔の意匠がランタンのようにも見える。こっくりと深みのある橙色のポタージュや綺麗に焦げ色のついたパンプキンパイ、かぼちゃを模したころころクッキー、ほんのりオレンジのたっぷり厚いパンケーキ……琥珀色のシロップがきらきらと煌めいている。



ハザメは早速目を輝かせ、何から手を付けようか、と思考を巡らせる。
この日のために、最近の食事代は抑えて過ごしてきたのだ!
満足いくまで食べる事だけが、その日々の報酬になり得るのだろう。

アズマも勿論、本能には逆らえない。
屋台をちらちらと、期待の眼差しで眺め、先ほどまで辟易していた混雑っぷりなどすっかり頭から抜けているようである。
手にはすでにチェックを入れてあるガイドブック。誰かと密接する事を好まないアズマらしく、疲れた時の休憩場所まで確認済みだ。


この期間ばかりは、誰もが慎ましい食事を捨てて、押さえつけている食欲を開放する。
黒ずんだ合成肉も、ぎとぎとの油も、原料が分からない模造食品も、この祭りには現れない。


アズマとハザメは互いに目を合わせると、手を握り直し、歩き出した。

まずは軽いものからと、鈴カステラの中にかぼちゃクリームが詰め込まれたものを購入する。表面には贅沢にも、天然砂糖配合のフォンダンがかけられている。その下のカステラには甘味料が入れられてないのだろうか、甘さが控えられていた。しかし、表面のフォンダンが口の中で溶け、カステラと混じり合って絶妙な食感と甘さを醸し出す。

さらに口を進めるとクリームにたどり着く。こちらもおそらく甘味料は使われていない。だが、煮かぼちゃの甘さが、合成甘味料の安い甘さとは比べ物にならないほど口になじむ。緩めに炊き上げられたクリームを垂らさないよう、残りを一気に口に放り込む。勿体ないような気もするが、口の中が天国のようだったのでハザメは気にしないことにした。
クリームのとろとろが顔にも溢れたのか、思わず口元が緩んでしまう。


「今年は最初から大当たりだね!」
「うん メインがかぼちゃなのは嬉しい」

「何年前だっけ?ほうれん草の時は微妙だったよね」
「ご飯ものはおいしかったけど、甘味類は悲惨だった」
「そうそう、その時は砂糖が不作だったのかな 軒並み合成甘味料で、あんまり美味しくなかった!」
「今年はメイン自体が甘いから、安っぽいモノに出会わなくて済みそうだね」
「ねーっ ……っと、ごめんなさい」


カステラを食べ終え、次の標的を探しに行こうとしたハザメが誰かとぶつかった。
相手もこちらを振り返り、謝罪する。
オレンジ色の大きいフードに、フードから生えた袖は地面と接触するほど長い。
頭につけられた冠と同じように真っ黒な眼をにっこりと細め、気さくな雰囲気を漂わせていた。

「こちらこそすみません 何分浮かれてしまっていて……」
「いえ、私も同じようなものだったので 今日は歩く場所もないくらいですしね」
「ええほんと、この袖が邪魔でしょうがないですよ」
「それは大変、でもかわいい帽子ですね まるでかぼちゃみたい」
「残念ながら、私には食べてくれる相手はいませんけどねぇ」

袖付フードは、やれやれ、と散々踏まれたのであろうくすんだ袖を振る。
ハザメはアズマをちらりと見やり、ふふっと小さい笑みをこぼした。
それを察したのか、邪魔をしたことを再び詫びた。
軽く頭を下げたつもりなのだろうが、ぶかぶかのフードが顔を覆い尽くす。

その様を見たハザメが声を上げて笑い、アズマに窘められた。
もう行くよと促され、ハザメが慌てて別れの挨拶を口にする。
フードを直し、ばいばいと袖を振る相手を尻目に、アズマはさっさとその場を後にする。


アズマは感情を顔には出さないが、そのかわり行動に表す事をハザメは知っている。
拗ねちゃったかな、次の屋台はアズマ君の好きなところにしよう、とハザメは決意しその後を追った。
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